まだあなたが好きみたい
離して! 菜々子は果敢に腕を振り回す。
が、やつの手は固く手首に食い込んで離れない。
「ふっざけないでよ……!」
「ふざけてねぇよ」
苛立ちを孕んだ、静かながら威圧感のある声が耳に届いた次の瞬間、菜々子は肩が外れそうな勢いで力任せに引き寄せられた。
そして、気づくと菜々子は窪川の腕の中にいた。
逃がさないよう、痛いくらいにホールドされて、息が苦しい。
声が出ない。
遮二無二かき抱く切羽詰った指の動きに動悸が凄い。
耳元をかすめる生あたたかい吐息、触れ合った頬の冷たさがリアルすぎて、逆に菜々子から現実感を削いでいく。
何が起こっているのだろうと焦る気持ちばかりが先行して、まともに手足を動かすに至らない。
それがなおさら菜々子の気持ちをおかしくさせた。
目の端に、窪川の喉仏が大きく上下するのが見えたとき、菜々子は満を持して彼の腕から脱出した。
「ばかじゃないの!? わたしを誰だと思ってるわけ!?」
そうしてまたぞろ菜々子は腕を振り上げ、やつの横っ面を弾いてやろうとした。
が、二度も同じ手は食わん(厳密には三度目だが)とでも言うように、窪川は気配だけで菜々子の腕の行方を捉え、ぶつかる寸前でその動きを封じた。