まだあなたが好きみたい

菜々子はあれからずっと釈然としない思いで日々を過ごしていた。


あの日――窪川の父は、息子が同中の知り合いだとわたしを紹介したとき、微塵も動揺した素振りを見せなかった。


もしばれていたと思えばぞっとするが、あのとき、窪川はわたしたちの名前を言わなかった。

意図してわたしの名前を言うのを避けたのだろうか。


……まあ、ないだろう。


考えなくても、面倒くさかったとしか思えない。あいつのことだ。


父親が気づかなかったのは単にわたしの顔を知らなかったのか。

あるいはすでに過去の記憶として処理されているのか。


いや、それはないだろう。

あの気の優しそうなおじさんがたかだか1年前の事件を忘れるはずはない。

なにしろどれほど邪険にされようと執拗に菜々子と連絡を取ろうとしていたのだ。

しかしほかならぬ菜々子の両親が娘にはもちろん、その家族にも一切の関わりを拒絶したために、学校側はこれを許可しなかった。

それでも窪川の両親は諦めず、息子の不貞を詫びるため卒業間際まで粘り続けた。

そうまで懺悔の念に耐えなかった屈辱の日々を、わたしを、忘れたとは思いがたい。


だから、にわか思案したところではおそらく、窪川のことだから学校の集合写真等の一切についてろくな保管をしていなかったのではないかと推測する。

だから父親の方も吉田菜々子の顔を知る術がなかったのではないか。


……窪川も心臓に悪いことをする、と思った。

もちろん、申し出を断らなかったわたしもわたしだが。

< 259 / 432 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop