まだあなたが好きみたい

万が一よりもはるかに高い確率で、たとえば誰かの口が滑ったりして、彼の父がわたしの存在に気づいていたかもしれないことを思えば、それを承知でくっついてきたわたしはずいぶんな性格だと不快な思いをさせただろう。


窪川の紹介が雑だったり、有正が調子を狂わされたりと、いい具合に偶然が重なったおかげで面倒な事態を回避できたのだ。


それを菜々子は数日経った今でも心からよかったと思わずにはいられない。


ひとえに、彼の父親の心の安寧のために。


もう一年も前、と言えば遠い話のようにも感じるが、そう俯瞰して振り返れるほどにはまだ菜々子の中で当時の記憶は色褪せることなく、この心に深く刻みつけられている。


……本当に、あのときはたくさんの人を巻き込んだ。


そして、傷つけた。


菜々子のあずかり知らないところで起きていた悲劇。

その片棒を担がされていたことを知ったときの激情は今でも覚えている。



……その首謀者のひとりに、窪川もいた。


< 260 / 432 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop