まだあなたが好きみたい
菜々子はぱっと立ち上がると、足早に隣の車両へ移動した。
どうしてやつがと唇を噛むが、彼とて電車利用者なのだからなんら不思議なことではない。
息を詰め、ポールにつかまっていると、菜々子を追って、眼鏡も車両を移ってきた。
「どうしてそんなに煙たがるわけ」
菜々子は無視に徹した。
ここには東もいないし、誰に気兼ねする理由もない。
そもそもこいつにはいい印象を持っていなかったし、興味があると言われたのに優しく接するほうが、酷だろう。
「公の場で妙な真似をするのは慎んだほうが身のためですよ」
菜々子は窓の外を眺めつつ言った。
眼鏡が鼻じろんだようにアゴを引く。
その反応のまま、つまらない女だと認識を変えて去ってくれることを期待したけれど、男は懲りずにくねくねと近づいてきた。
「そんなこと、俺に言っちゃっていいのかな」
「はい?」
脅しのつもりか? だとしたら陳腐に過ぎる。
そんなのいまどき小学生だってびびらない。
「自分のほうこそそんなこと言っていいんですか? 大声上げたら勝ち目があるのはわたしですよ」
「君と喧嘩がしたいわけじゃないんだよ、俺は」
「見解の一致ですね。でしたらお互い大人になりましょう。ごきげんよう」