まだあなたが好きみたい
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不意に耳に蘇った旧友の下卑た笑い声に、匡はぎくりとして思わず周囲を見回した。
(い、いるわけないよな)
あいつは今はもう県内にさえいないのだから。
保護司をしているという大叔父の厳重で手厚い監視の下、やつは更生に励んでいる…はずだ。
匡は思い出すだに身の毛がよだつ悪夢の記憶に引き込まれそうな己を叱咤して、巨大水槽の中を優雅に泳ぐ魚たちに意識を集めた。
揺らめく鮮やかな青の世界。
色とりどりの魚たちが夢のように泳ぐ様は単調でありながら人の心を否が応でも虜にする。
早鐘のようだった鼓動が次第にならされていくのがわかる。
窪川たちは地元から程近いところにある水族館へとやってきていた。
秋の登山合宿が台風の影響で中止となり、その穴埋めのための…一応、課外学習である。
班ごとにまとまって、好きなところを思い思いに回っている最中だった。
館の中でもひときわ大きい水槽を見上げていると、とつぜん、乳母車に乗せられた赤ん坊が水槽に反射して、彼の視界に映りこんだのだ。
あどけないぷくぷくの顔と四肢。
まだちょっと頭の毛が寂しくて、着ているものは明らかに女の子のそれなのに、男か女かはっきりしない。
無垢という言葉がぴったりの、ほやほやな赤ん坊は、ここがどこだかなんてもちろんわかっていない様子で、入れ替わり立ち代わり目の前を行過ぎる魚の群れを不思議そうに眺めている。