まだあなたが好きみたい
結論から言うと、板谷は賭けに負けたのだ。
抗えども抗いきれず、約束を果たしたが最後、当時の彼女は鑑定なくしては誰の子かもわからない男の子供を妊娠し、何の罪もないその子は生まれながらにして十字架を背負うに至ってしまったというわけだ。
何故ターゲットが吉田だったかというと、それは、単にあいつが気に食わなかったから。
吉田はあの頃、とくに男子の中では、唯一、一目を置かれた女だった。
なぜならあの有正を手懐け、思いのままに動かすことのできるただ一人の人物だったから。
人を不愉快にさせる天才の彼のことを、当時、とくに評判の悪かった匡やその仲間はこぞって嫌悪していた。
だが、有正に直接制裁を下そうとすると決まって彼の前に立ちはだかるわずらわしい存在がいた。
それが吉田菜々子、その人だ。
あの日、会社員らしい身なりの乱暴なおっさんに絡まれながら、毅然と有正を庇っていた勇敢な姿が思い出される。
あの頃から少しも変わっていない。
吉田に恋慕していたやつは万事におろそかで、彼を見つめる視線のいずれもが、その存在を疎ましく感じているかあるいは特に手厚く構ってあげないとダメだと上からの見方をする生徒ばかりの中、彼女だけはいつも平等に彼と接していた。
するとおもしろいことに、そいつは、吉田に言われたときだけはちゃんと一度で理解して黙々と作業なりなんなりをこなすのだ。
これには教師たちも驚きを隠せず、その素質を評価する者は多かった。
匡はさほど気にならなかったが、中田にとっては反吐が出るほどおもしろくない光景だったみたいだ。
中田は自分の思い通りにならないやつがとにかく嫌いだった。
迂闊な手出しのできない特別な存在はもちろん、吉田のように虚心を持たない心根の綺麗なやつとか、そういう類の生徒のことを、いっそ周りの胸が悪くなるほどに嫌悪していた。
だからまとめて貶めようと画策した。