まだあなたが好きみたい
「ぼ、ぼく先を急ぐんだから、おまえなんかに構ってる暇、ないんだよっ」
「おい! 有正!」
ずんずんと先を行く有正を追いかける。
何かから逃れるように必死な足取りだが、彼が回避しようとしているのは厳密には匡ではなかった。
わからないが、彼は今、目に見えないものに怯えている。
全身でそれを表している。
いや、表す以上に、どうかすると匡の目にはいっそ痛みを訴えているようにさえ見えた。
頑なになっているぼくの暴走を止めてくれ、吐き出して楽にさせてくれ、と背中が語っている。
匡は思い上がりでなくたしかに直感した。
そう思えばなおさら引き下がれず、匡はひたすら喰らいつくことに徹した。
「どこに行くんだ」
そうしてやがて匡は有正の前へと回りこむと彼の両肩をがっちりと押さえ込んだ。
「このまま行っても、農学部のキャンパスを突っ切るだけだぞ。しかもその先は林だ。おまえの家はこっちじゃない」
この先に住宅地はない。もっともこのへんだってろくな民家はない。
キャンパスの生徒を当て込んだ商店とそれに付随する母屋がある程度だ。
あとはもっぱら学生寮と団地が連なり、日が暮れるとその古典的な建て構えがかえって不気味な様相を呈し、地元の人間は好んでは近づかない。
そんな場所にこいつが用があるはずはなかった。
真正面から匡に覗き込まれ、有正は不覚を取ったとでもいうかのように唇を真一文字に結んだ。
そうしてまた黙り込む。