まだあなたが好きみたい

「おまえに恩を売ろうとか、そんなさもしい魂胆じゃねぇよ。俺はただあいつが」

「……バカじゃないの」

「は?」


依然として肩を上下させ、鬼気迫る目をしながら、存外ちゃんと軽蔑のニュアンスを滲ませて有正は言った。


「菜々ちゃんに何かあったなら、ぼくが今ここでこうして一人でいるわけないだろ」


あっ。匡は目を見開いた。

それも、そうか。


「そうだな。その通りだ。……でも、だとしたらおまえはなんでこんなわけのわからないところに来たんだ? そもそもあんな場所にいたんだよ。……なんか嫌なことでもあったのか?」

「おまえにぼくの心配なんかされたくない!」


急に声を荒げた有正に面食らい、匡はたじろいだ拍子にたたらを踏んだ。

上気した顔に、匡は閉口して額に触れる。


(つったって、したくなくても、これなら気にしないほうが無理だろうが)


胸の内で匡はごちる。

有正は、吉田絡みでのみ感情を露にすることはあってもこんな風に分別に欠ける大声を上げるやつではない。

匡自身、有正という男を熟知しているわけではないが、スマートでシニカルな印象の彼からはおよそ想像がつかなかった。

匡が次なる言葉を考えあぐねていると、有正のか弱げな唇が車のライトを反射して妙につやつやと輝いた。

乾燥対策のリップだろうかと小首を傾げたときふと馴染みのある香水の香りが匡の鼻先をかすめた。


(……これ、睦美の香水じゃね?)

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