まだあなたが好きみたい
バリカンを台に置き、緩慢に便座から下りてくると、
「あいつも結局そこまでか。孤高を気取ってるわりに最後は情けが勝るのか。いや、単なる臆病か」
「睦美を離せ!」
近づこうとすると、男はどこからかカッターを取り出して、これ見よがしに睦美の首筋に押し当てた。
瞠目した睦美が猿轡の下からくぐもった悲鳴を上げる。
「近づくなよ。俺はずっとこのときを待ってたんだ」
「睦美がおまえに何をしたって言うんだ」
「何をしたって?」
眼鏡は匡の言葉を繰り返しながらさらに睦美との距離を近づけると、首の根元から、上目遣いにじろりと彼女の横顔を睨めた。
「俺という彼氏がいながら、他の男にほいほい着いていったんだ。なあ、睦美」
「そっ、そんなことでここまで――」
「黙れ!」
恫喝した勢いで、カッターの刃がいっそう深く睦美の首筋に沈みこむ。
睦美はぎゅっと目を瞑った。
「おまえのような人気者にはわからないだろうさ。顔もよければ度胸もあって、大会ではいつだって期待のシューターだ。英雄だよな。そんなおまえだったらきっとあっちのほうでも女を虜にできるんだろうな」
ぺちぺちと眼鏡は愉しげにカッターを睦美の頬に当てる。
睦美は小刻みにふるえながら、いっそ殺してくれとばかりに顔をゆがめると、匡の視線を逃れるように首を捻った。