まだあなたが好きみたい
「おっと、ちゃんと前向けよ」
そう言って、眼鏡は乱暴に睦美の猿轡を引っ張ると、無理矢理前を向かせた。
「おまえのだあいすきな彼氏に、洗いざらい、おまえの恥ずかしい過去を聞いてもらうんだからよ」
快哉を叫ぶように眼鏡が言えば、睦美の顔が狂気に引きつった。
それだけは、と懇願するような充血した双眸から絶えず涙があふれてくる。
唾液がしたたり落ち、汗に混じって床に落ちる。
恥じらいもなにもかもかなぐり捨てたその身からこぼれ出る、振り絞るような悲痛な声に身震いした。
その反応だけで、暴露されてようとしている事の重大さがよくわかる。
……何が怖いのか、すこしずつわからなくなってきた。
「うるせぇよ」
「!」
突然、眼鏡が睦美の身体を半回転したかと思うと、制止する間もなく、彼女の頬にするどい拳骨を見舞った。
「おい!」
意識が飛んだのか、睦美はにわかにぐったりと眼鏡の腕にもたれてから、やがてぶるぶるとふるえだした。
「睦美! お、おい、暴力は……」
「おまえごときが俺に文句が言えるのか」
「……」
口惜しくも押し黙れば、眼鏡は見るからに満足そうに口の端を上げた。
「話を戻そう。そうだ……俺では力不足だったらしい。だからこいつは他の男に関係を許したんだ。そんときゃさぞかし楽しかったらしいな、あン? 睦美? 同時に何人つったっけな?」
何人。
瞠目した睦美の顔からみるみる血の気が引いていく。
うそだろ。自分から、そんなことって……――。
中学時代、あわや匡自身が足を踏み入れそうになった行為に、自ら望んで堕ちようと思うやつがいるなんて。
それも女で。
匡は思わずよろめいた。
憤り、嫌悪して、思考が止まる。
目も当てられないほどの外見がかろうじて彼の心に同情を残しながら、しかしほとんど前後不覚に近い気持ちで匡は元彼女の横顔を見つめた。
「おまえじゃだめだってさ。全然たのしくないんだって。そうやってずいぶん笑い者にされたよ。おまえやこいつみたいな薄汚いドブネズミの連中にな。
まあ? つまんねぇってのは、あながちまちがいでもねぇだろうよ。なにせ俺はそこまで乗り気じゃなかったからな。負け惜しみを言ってるんじゃねぇぞ。俺は今の高校に入るため、人の倍勉強しなきゃいけなかったんだ。
それなのに女とベッドで仲良くしてる暇なんかあるか? あるやつはいいさ。でも俺はなかったんだ。そしたらこいつは我慢ならなかったってわけさ」