HとSの本 ~彼と彼女の話~



「――――悪魔が歩いている」



 伸ばそうとした手が止まった。
 囁くような声を睨みつけようと、振り返った時だ。



「なんでこんなところを歩いているんだ」



 反対側から聞こえた、吐き捨てる声。



「ずっと教室にこもっていればいいのに」



 どこからか聞こえてくる。



「この学校から早くいなくなれ」



 まだ、聞こえてくる。



「悪魔の羽根をした魔女め」



 まだ、まだ聞こえてくる。



「はやく消えてしまえ」



 まだ、まだ、まだ聞こえてくる。



「――ナンデオ前ガココニイルンダ?――」





 その日の昼食はとても食べていられなかった。胸がむかむかして、あの中に知っている顔があったら殴ってもいいほどだった。

 風がそよそよと、
  髪を撫でて高ぶった気持を宥めていた。

 彼女と出会った日も、こんな昼下がりだった。

 笑った顔が見てみたいと。

 そう何気なく決意した、あの昼下がり――――

「…………もしかして、俺は」

 あの娘から、大切な場所を奪ってしまったのかもしれない。


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