HとSの本 ~彼と彼女の話~

彼女の昼休み

 その人は、
 すこし変わった普通な人でした。


 何の前触れもなく、彼は目の前に現れた。

 風が、心地良かった日だと覚えている。

 お弁当を忘れて、途方に暮れていた時の事。



 隣に、座ってもいいかな?

 幻聴だと思った。
 この学園の中で自分に声をかけてくれる人などいない、それが現実だともう何年も思い知らされたから。
 ふと、影が落ちている事に気づいた。
 餌をねだっていた鳥たちが膝の上にいない。
 誰かが草を踏みしめる音がしていた。

 顔を上げれば……そこには知らない誰かが笑っていた。白い髪の毛が風に吹き流されて、その表情はよく見えなかったけれど。

 隣に、座ってもいいかい。

 口元が確かにそう動いて、笑っていた。

 ふい、と顔を背けてしまった。わざとではないけれど、関わってほしくない、という気持ちも少なからずあったから。

 どうせこの人も、
 わたしを置いて何処かへ行ってしまうのだろうと思っていた。

 彼は、そんなの関係ないと、口にせずとも態度で表わした。敷物も敷いていない草原に、無遠慮に胡坐をかいた。

 ――悪魔の子――

 そう蔑まれるのが仕事、
 そう蔑むのが日常、
 そう蔑まれる事が当たり前。

 だけど彼は、その場で静かにお弁当を食べ始めた。


「……食べる?」


 黄金色の瞳がこちらを向いた。
 少しくすんだ深い色の中に自分がいる。
 その顔は今まで鏡の中にいた自分とは違って、ひどく素の顔だった。

 どうぞ、と差し出されたお弁当はパン食なのかサンドウィッチだった。
 作りも丁寧で具も様々。
 空腹の自分としては、飛びつきたくなるほど嬉しい提案だけど。

 得体の知れない人からもらうわけにはいかなかった。

 けれど反射的にとってしまった。
 どうしようと思案する自分に、それはとてもいい匂いがするサンドウィッチだった。思わず、お腹が鳴ってしまうほどに。

「あ……っ」

 ――恥ずかしくなって、急いで校舎の中へと戻ってしまった。

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