HとSの本 ~彼と彼女の話~
 昔の経験から、どうすればあの場所から見られない経路を体が覚えていた。
 早足になった右へ左へ、階段を上って息を整えた。

 その時になって初めて、
 サンドウィッチをもらったままなのだと気づいた。

 どうしよう。

 いまさら戻って返すなんて、間が抜けてるし何より恥ずかしい。
 きっとお腹が鳴った事にだって気付かれているだろうし。

 思い出される景色。不揃いな前髪から覗く瞳は、真正面からわたしという存在を見ていた。
 悪魔の子だとか、
 忌み子だとか、
 呪いの子だとか、
 冷たい目で見るそれらとは違った瞳だった。

 何故そんな目で見れるのだろう。この学園に属するのなら、まず自分という存在は知っているはずなのに。
 一目であれだ、と理解できるはずなのに。

 滅多に来ない屋上に、足を運んでいた。

 この場所から庭を見下ろす事は出来ても、裏庭だけは覗く事が出来ない。大きな楠の傘のおかげで覆い隠されている。
 あの木陰が好きだったのだけれど、今はそこを塞がれている事が残念だった。

「…………なんで。わたしに絡むのだろう」

 興味本位なんてあるわけがない。
 そんな気軽に手出しできるような者じゃないって、この世界に住む人なら子供でもわかる常識なのに。

 だから誰も関わらない。
 だから誰もが蔑む。
 だから誰もが怖がっている。

 そういう目で見られている。
 そういう目で育てられた。
 そういうものだと教えられた。

 いくら眺めても答えは返ってこないし、答えなんてえられるものではないと思った。
 きっとただの気まぐれだろう、知らなかったとしても明日には理解して近寄らない。

 そう、自分の中で結論を出した。


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