HとSの本 ~彼と彼女の話~
過ぎて行く日

彼女の日

 次の日も、

 その次の日も、

 彼は変わらずここへやってきた。
 お弁当を持って、約束もしていないのにおまたせ、と。

 今日の授業は退屈だった、
 来る途中に猫と会ったが逃げられた、
 掃除当番が休みで変わりに手伝う、
 何の変哲のない彼の日常を話題にしている。

 時に笑いを得ようと身振り手振り、
 驚かせようと口調に演出を混ぜ、
 わたしがどんなに無反応でも彼は決してやめる事はなかった。


 お昼の終わりを告げる鐘が鳴り響くまで一緒にいた。

 また明日、と手を振って彼は去っていく。
 そうすると、次の日もまた彼はやってくるのだった。



 それはいつだったか。
  春の冷たい風が吹く日だったと、覚えている。



 わたしは彼が怖くなった。

 どうして近づくのか、
 どうして笑えるのか、
 どうして一緒にいるのか。

 怖くなって逃げ出した。お昼時、いつも食べる場所にわたしはいかなかった。
 約束していたわけじゃないけれど、チクリと心が痛んだ。
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