桜の木の下で-約束編ー
「……咲……」
ボクは充分だよ。
咲は沢山のものをボクに与えてくれる。
それだけで十分なんだ。
だけど……楽しい時間が続くたび、
ボクの心に闇が押し寄せてくる。
「さぁ、もう夜も深い。
家まで送るよ」
咲をふわりと抱きあげて、
空へと舞い上がると、
暗闇に溶け込むように、
咲の自宅へと送り届ける。
「お休みなさい。
和鬼」
「おやすみなさい。
咲」
良い夢を……。
君を追い詰めて、不眠にさせる夢から
ただ一日、ボクの生吹【いぶき】が守るだろう。
ゆっくりと閉じられる扉。
扉が閉ざされたのを見届けると、
途端に、鬼の世界と人の世界の壁が分厚くなったような
錯覚に陥ってしまう。
独り寂しさをやり過ごすように、
自らの体を両【りょう】の手【て】で抱きとめながら
神木の扉まで飛翔した。
*
……咲……、ボクと出逢わなければ、
君がこんなにも辛い思いをすることなどなかった。
*
ボクを大切だと言ってくれる咲が、
ボクに隠し事をしている現実。
神木が教えてくれる。
鬼のボクの本質が感じ取ることが出来る
人の深層心理と通じる世界。
夢に魘され【うなされ】続ける夜。
咲が涙を流す、
悲しい夢の正体を知る存在であるボク。
咲がその夢を毎日のように見るようになってから
押し寄せてくる、恐怖と言う存在。
一緒に居るだけで楽しかった
咲との時間。
今は咲の目が怖くて見られない。
だからすぐに、ボク自身を見透かされることから逃げるように
視線を反らす。
あの日から何時かはこうなることを、
ボクは……知っていた。
交われば交わるほど
咲はボクを知りたがる。
それは人として当然の理。
ただボクが望む形とは違うだけ。
その歪みが、
ボクの心を凍り付かせていく。