桜の木の下で-約束編ー


「……咲……」


ボクは充分だよ。

咲は沢山のものをボクに与えてくれる。
それだけで十分なんだ。

だけど……楽しい時間が続くたび、
ボクの心に闇が押し寄せてくる。



「さぁ、もう夜も深い。
 家まで送るよ」


咲をふわりと抱きあげて、
空へと舞い上がると、
暗闇に溶け込むように、
咲の自宅へと送り届ける。



「お休みなさい。
 和鬼」

「おやすみなさい。
 咲」


良い夢を……。



君を追い詰めて、不眠にさせる夢から
ただ一日、ボクの生吹【いぶき】が守るだろう。


ゆっくりと閉じられる扉。


扉が閉ざされたのを見届けると、
途端に、鬼の世界と人の世界の壁が分厚くなったような
錯覚に陥ってしまう。


独り寂しさをやり過ごすように、
自らの体を両【りょう】の手【て】で抱きとめながら
神木の扉まで飛翔した。





……咲……、ボクと出逢わなければ、
君がこんなにも辛い思いをすることなどなかった。






ボクを大切だと言ってくれる咲が、
ボクに隠し事をしている現実。


神木が教えてくれる。

鬼のボクの本質が感じ取ることが出来る
人の深層心理と通じる世界。


夢に魘され【うなされ】続ける夜。


咲が涙を流す、
悲しい夢の正体を知る存在であるボク。

咲がその夢を毎日のように見るようになってから
押し寄せてくる、恐怖と言う存在。


一緒に居るだけで楽しかった
咲との時間。


今は咲の目が怖くて見られない。
だからすぐに、ボク自身を見透かされることから逃げるように
視線を反らす。


あの日から何時かはこうなることを、
ボクは……知っていた。



交われば交わるほど
咲はボクを知りたがる。


それは人として当然の理。


ただボクが望む形とは違うだけ。


その歪みが、
ボクの心を凍り付かせていく。
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