桜の木の下で-約束編ー


「申し上げます。

 咲鬼姫、旅立ちの儀が整いました」


男性の声が室内のすみずみまで響き渡る。

途端に騒めく人々がピタリと静まり返る。


慌てて私も携帯の音楽を止めると、
その声の方に意識を向けた。



静かに雅楽の音色が広がっていく。


鼓の音色。
琵琶の音色。

そして……重なっていく箏の音。




えっ?
これってYUKIの描く世界?




人々の視線が集中する先には、
姫と呼ばれた影と……もう一人……。



純白の天女のような衣装を
身にまとった一人の少女。



思わず視界に映る顔を見て
固まる。



鞄の中から鏡を取り出して、自分の顔を映し出す。

映した私の顔と目前の少女の顔が重なる。




どういうこと?




少女の隣には、少女を守るように肩に手を回し
導く少年が付き従う。


「……和鬼……」


思わず小さな声が零れ出る。


視界に映るのは、
今も寂しげな笑みを浮かべる和鬼。


「和鬼ぃ!!!」



どうせ届かないかもしれないと
思いながらも大声で和鬼の名前を呼ぶ。





和鬼……どうか気づいて……。







その気持ちを息にのせて。





次の瞬間、少年和鬼は私の方に
柔らかな視線を向けた。




届いた?



和鬼は瞼を軽く閉じて目を伏せると、
もう一度、開いて咲鬼と呼ばれる
少女のもとへ向き直る。



『……咲鬼姫さま……』




私の目の前では、
今も旅立ちの儀らしき行事が進行していた。


大広間に集まった人たちは、
鬼の角を見せながら、姫と呼ばれる少女のもとに
最敬礼でお辞儀をしながら歩み寄っていく。

参列者全ての挨拶が終わったところで、
少女は、ゆっくりと大広間に集まっている人たちに話し始めた。

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