桜の木の下で-約束編ー
『咲鬼の旅立ちに立ち会って参ります。
どうぞ、皆様もこの地で咲鬼の
未来【永久】なる幸せをお祈りください』
和鬼が一礼をして、咲鬼の後を続いていく。
『未来からの迷子【まよいご】よ、
君も着いておいで』
チラリと視線を向けた和鬼が、
私の中へと声を浸透させて来る。
小さな和鬼の指示通り、座り込んで祈りを捧げはじめた
民たちの合間を通って、少女と和鬼の後を追いかけた。
純白の衣を身に纏った少女は、
ゆっくりと鏡だらけの部屋の中へ歩んでいく。
『……和鬼……』
鏡の部屋に入ろうとしていた少女が
振り向いて和鬼を呼び止める。
そして自分が身に着けていた、
首飾りを外して和鬼の手にゆっくりと握らせる。
少女の瞳から涙が零れ落ちる。
『和鬼……』
『咲鬼、有難う。
こんなにも思われてボクはもう十分だよ。
ほら、もう行っておいで。
ボクは何時も咲鬼を見守ってる。
この世界から、遠い世界に生まれ行く君を』
和鬼の胸に抱かれた少女は、
自らの手で、首飾りを和鬼へとかける。
『咲鬼……』
『和鬼』
お互いの名を呼びながら
抱き合う二人。
気が付いたら、私の瞳からも
涙が溢れ出てた。
『有難う。
さっ、此処からは私一人で行かないと。
和鬼、この世界をお願いね。
さぁ、桜鬼神が来る前に貴方は民のもとへ』
少女は自らの心を閉ざすように、
和鬼の腕から放れて、
鏡の部屋へと入り扉を閉ざした。
部屋の外。
和鬼は……もう一つの姿へと
自らを変化させる。
桜鬼神。
鬼を狩る鬼の姿。
礼服(らいふく)姿から、
黒衣(こくえ)の見たこともない和服に身を包んだ
幼い寂しげな鬼の和鬼。
その和鬼の首には、
先ほど、手渡された咲鬼の首飾りは見当たらない。
少年和鬼は再び私の方を見て、
柔らかに目を伏せると鏡の扉にゆっくりと
手を翳し歪んだ空間から室内へと入っていく。
私も後を追いかけるように
室内へと入り込む。
部屋の片隅、見つめ続ける私。