桜の木の下で-約束編ー
人間を操り、この世界での
『由岐和喜』としての戸籍を得た。
運転免許証も、学歴も、
全てのものを記憶を操り手に入れた。
全ては心に秘めた
大切な人と出逢う為、
今の仕事と出逢った。
本性を隠した仮初のボクは、
記憶を操った世界の中で
芸能人として活動している。
ミュージシャン YUKI。
ボクは今、
歌い続ける。
大切な人へと
辿り着く為に……。
遠い……約束を
果たすために……。
影を渡りながら、
辿り着いた待ち合わせの仕事場所。
「YUKI、お疲れ様。
あらっ、今日もいい男ね」
敏腕マネージャーの
有香さんがスケジュール帳を
片手にやってくる。
TVドラマ。
音楽番組。
ラジオに取材。
なんでも来い。
永い時を生き続けるボクにとっては、
この芸能活動もある意味、
一つの息抜きの方法で暇つぶしの術でもあり
遠い約束を果たす……大切な役割。
有香さんと一緒に車で移動して、
最初の雑誌の取材のスタジオへと向かう。
その場所で、雑誌に掲載される
新曲のレコーディングに纏わるエピソードを話し、
写真を数枚、カメラマンによって撮影される。
明りが集中する狭いステージの中、
カメラマンがシャッターを切る音だけが、
室内に何度も木霊する。
愛器である琴を奏でるボクの後ろには、
ボクの演出のトレードマークになっている
桜の花弁が幻想的に舞い踊る。
「YUKIさん、有難うございます」
カメラマンの声を合図に、
ボクは演奏する手を止めて、
ゆっくりとお辞儀をした。
するとすぐにボクの上着と、タオルを持って
有香さんが近づいてくる。
「はいっ、
雑誌の取材お疲れ様。
次はYUKI、生番組よ」
生番組のうたばんの収録時間が近づいてくる為、
雑誌の取材を受けたスタジオを早々に後にして、
有香さんの車は、テレビ局の駐車場へと滑り込んでいく。
テレビ局前には、会場内に入れなかった
ファンらしき人たちが、建物を見つめていた。
会場に辿り着いて、
番組関係者と、共演者に挨拶を済ませると
楽屋へと移動して、出演の準備をする。