桜の木の下で-約束編ー
ふと、視線に止まったのは、
扉の突っ張り棒。
そんなに長くないけど、
いざとなったらこれで。
ゆっくりと手を伸ばして、
その突っ張り棒を手に取ると、
正面からその棒を構える。
息を殺し続けて、その瞬間を待つものの
扉は決して開かれない。
えっ?
何?
油断するのを
待ってるの?
一向に相手が動く気配がないためか、
あらゆる予測が自分自身の脳内を支配していく。
「失礼いたします。
咲鬼姫【しょうきひめ】どうぞ、
その荒ぶる気をお鎮め下さいませ」
扉の向こう、
静かに紡がれる男性の声。
ふぇっ?
いきなり灯りが消されて
開かれると思ってた
扉は今も開くことがなく
一枚隔てた、薄い障子の向こう
男は静かに声を紡いだ。
咲鬼……姫?
さっき、そう言った?
確かに
そう聞こえた気がした。
咲鬼。
その名前は
私の記憶にも残ってる。
私の前世の名前。
和鬼が愛してくれた鬼の世界を
統率した国主の娘。
何故、その人の名を呼ぶの?
「咲鬼姫、お開けしても宜しゅうございますか?」
私の心を知ってか知らぬか男は言葉を続ける。
こういう時は、とりあえず扉を開けさせて、
情報を得るのが先決かな。
私の思考がそうやって判断させる。
今はやれることからやって行こう。
じゃないと何時まで経っても、
和鬼に逢えない。
「ドアは開けてもいいわ。
だけど中には入ってこないで」
扉の向こうに言い放つ。