桜の木の下で-約束編ー



ボクに向かってくる紅葉の体内へ
ボクは鞘から放った
刀を迷うことなく突き刺した。



鬼狩の剣を刺した傷口から、
桜吹雪が舞い上がる。



「紅葉さん、貴女が愛する風鬼。

 ボクの大切な親友からの最後のメッセージ。

 受け取ってください」


紅葉さんを突き刺した刀を
引き抜いて、
その刃にあの日の出来事を投影させる。









『和鬼……。
 お前が桜鬼神だったのか……』




民たちが悪気に充てられて
心の制御がきかなくなっている報告を
受けたボクは国主としての任務を終えて
桜鬼神として動き続けていた。




自らの手で、咲鬼姫を送りだしたボクは少しでも、
咲鬼の為に彼女が喜ぶことを我武者羅【がむしゃら】にやりたかった。


それだけで咲鬼を感じることが出来る。


咲鬼によって託された世界を守り続けることが
ボクの生きる意味になった。



ボクを支えるため、遺志を受け継ぐために
二足の草鞋を背負い続けた。




その日、暴走の知らせを受けて桜鬼となって降り立ったその場所は、
風鬼が暮らす夏の村だった。


そして理性を失った鬼たちの中で、
迫りくる恐怖と必死に向き合って
理性を保とうと抗い続ける風鬼を見つけた。



今すぐにでも、
風鬼を貫いて魂を解放してあげないと、
風鬼が辛いのを感じながら
ボクにはそれが出来なかった。



躊躇したボクに
風鬼が紡いだのはボクの名前。



彼は微笑みながら
刀を持つボクの手をゆっくりと
自分で掴んで自らの体に刀を刺しいれながら微笑んだ。



『悲しまないで、これは俺の望みだから。

 俺が俺として自我をなくす前に、
 自らの意思で旅立ちたかった。

 もう悪気に充てられるのも、
 自我を奪われるのも耐えられない。

 紅葉を傷つけたくないんだ。

 秋の村から夏の村に迎え入れたいんだ。

 国主のお前は、
 俺の幸せを祝福してくれるだろう』


息も絶え絶えになりそうな中、
風鬼は、なおも言葉を続ける。

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