桜の木の下で-約束編ー
「お母さん、
心配かけてごめんなさい」
お母さんの姿を見て、
何故か素直に抱き付くことが出来た。
久しぶりに触れてくれた、
母の温もりが、私の氷を溶かしてくれる。
「咲、文人【ふみひと】さんと話したの。
咲が望むなら、私たちと一緒に暮らしましょう?
望もお姉ちゃんが出来たら喜ぶわ」
突然のお母さんの言葉に驚きを隠せない。
お母さんの隣、眠ってしまった望君を抱きしめながら
再婚相手の文人さんは私を見つめる。
誘ってくれたのは凄く嬉しいけど、
私はこの場所を離れない。
「有難う……。
その言葉だけで十分だよ。
お祖父ちゃんを一人にできないし、
私はこの場所を守りたいの。
私が愛し続けるただ一人の想い人を待ち続けたいから」
素直に告げると、
お母さんは「何時でも帰って来なさい」っと言葉を残して
望くんと文人さんと一緒に帰って行った。
「咲……」
お母さんたちが帰ってきた後は、
お祖父ちゃんが再び私に話しかけてくる。
「和鬼は旅立ったのだな」
お祖父ちゃんがしみじみと
呟いた言葉に私はゆっくりと頷いた。
「桜塚神社の咲久。
新たなる鬼神として、
鬼の御世の国主たる譲原咲を迎えます」
次の瞬間、お祖父ちゃんは
宮司としての顔を見せる。
「お祖父ちゃん、この世界の鬼神は
和鬼以外存在しないよ。
私は和鬼と約束したから。
だからお祖父ちゃんも一緒に待ってよ。
和鬼が帰ってくるのを」
そう言うとお祖父ちゃんは、
私の髪を撫でながら抱きしめた。
「咲が消えて今日で一ヶ月半だ。
夏休みも後少しで終わってしまう。
体は大事ないか?
明日、西園寺先生のところに行ってきなさい」
心配性のお祖父ちゃんに、
ゆっくりと頷いて、
今度はずっと待ってくれていた司と一花先輩に向き直った。