桜の木の下で-約束編ー
「ねぇ、
和鬼って呼んでいい?」
どれくらいぶりだろう。
ボクがその名を呼ばれるのは。
その韻はボクに
とても心地よく響き渡る。
「私のことは咲って呼んで。
ほらっ」
少女は悪戯っ子のように微笑む。
「……咲……」
ボクが彼女の名前を紡ぐと、
彼女は嬉しそうにボクに抱きついた。
今は……その温もりが愛おしい。
咲が腕の中でゆっくりと溶けてゆく。
眠りに落ちた咲を
ボクは起こさないように抱きしめて
闇に紛れ咲の自宅へと舞い降りる。
彼女の部屋の窓にそっと手を翳し、
空間を歪めると咲をベッドへと眠らせた。
そして……柔らかな唇に
ゆっくりとボクの唇を重ね合わせた。
その温もりはとても暖かく、
ボクの孤独を少し取り除いてくれる。
「おやすみなさい」
音にならない
鬼の声で言霊を届ける。
*
お休みなさい、咲。
朝起きたら
君は何も覚えてないよ。
昨夜の出来事は
ひとときの夢。
闇が迷わせた儚い……刹那の夢。
*
空間を歪めてボクは
咲の部屋を後にする。
チクリと痛む心に耐えながら
闇に紛れてボクは住処へと向かう。
ボクは鬼。
人には成りえない。
異質の存在をせし
……鬼……。