君の命の果てるまで
第2章 屋上の彼

先生の悲しみ

朝田の優しさに触れた日。

あの日から、少しずつ自分を取り戻していった。



久しぶりによく晴れた気持ちのいい朝。

ほんの少しだけれど、病室の外に出てみようかな、とう気が起こる。


小さい頃から、入院して気分が良くなると、いつも母は屋上に連れて行ってくれた。

ぽかぽかした日差しの日を選んで。

だから、屋上はいつでも、私の中でほんわかした思い出だ。

透き通る日差しと、風になびく雲。


部屋に閉じ込められる私を、不憫に思ってのことだろう。

屋上は確かに、私が唯一、外に出られる場所だった。



屋上へ続く、錆びた階段の手すり。

母を思い出さずにはいられない―――



涙をこらえて、屋上へ出る。

どこまでも広い冬の空が、私を迎えてくれる。

曇っている心の中にも、爽やかな風が吹き抜けてくるようだった。



――お母さんは、あそこにいるのかな。



子どもみたいなことを考える。

高校生になって、一人で大きくなったような顔をしていたけど。

やっぱり、一人じゃ何もできないや。

自分の気持ちを、片付けることさえ―――



その時、目の端に見覚えのある背中が映った。



「朝田せん、……。」



呼びかけようとしてやめた。

朝田の横顔が、あまりに悲しげに見えたから。


見てはいけないものを見てしまったような気がして、思わず目を逸らす。

そんな私を、朝田が驚いたように振り返った。



「奈緒さん。」


「先生―――」



私に向ける切ない目。

だけどその目は、私を見つめているわけじゃなくて。

私を通り越して、その向こうにある誰かを見ているようだった。



「恥ずかしいとこ、見られたな。」



朝田が自嘲気味に笑う。



「思い出してしまってね。君を、見ていたら。」



「え?」



「何でもない。……これ、内緒な。」



朝田が、唇の前で人差し指を立てて笑った。


悲しい笑い方だと思った―――
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