ナナイロのキセキ
車を15分ほど走らせると、坂下さんの住むマンションに着いた。

引っ越し前で何もないけど、という言葉通り、

リビングにはテレビとローテーブルと、段ボールの山があるだけだった。

坂下さんはローテーブルの前に私を座らせると、キッチンへと向かう。

「インスタントのコーヒーくらいしかないんだけど。

ブラックでも平気?」

「はい、大丈夫です・・・。って、あ、お構いなく・・・。」

うん、と頷きながら、そのままコーヒーの支度をする坂下さん。

「・・・。」


(どうしよう・・・。)


いまになって、自分のした、恐ろしいほどの大胆さに気づく。

ずっと一緒にいたくて、ただそれだけで。

触れていたくて、触れてほしくて、でも、それは、

本当にただ、それだけで。

手をつなぐとか、寄り添うとか。

でももちろん、頭の片隅のどこかでは、恋人同士が一晩一緒にいることは、

ただ隣にいる、というだけではないことは考えていた。

考えていた、つもりだけれど・・・。

多分それは、現実味のないふわふわとした妄想のレベルで。

いざこうして坂下さんの家に来てはじめて、この状況を、

自分で望んで口にしてしまったことの恥ずかしさと、

覚悟のなさに気づいてしまった。

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