私たち、政略結婚しています。
怖い。
言われてしまうのが、たまらなく怖い。
分かっているはずなのに、それを望んでいたのに、終わりたくない。
始まりに愛が無かったことも、克哉の心に私がいないことも。
全て納得しているのに。
「…秋本くん。私、降りるわ」
「え。…まさか、このまま逃げるの?」
もうじき彼が私たちの乗っているタクシーのそばに来る。渋滞に呑まれてタクシーが動く気配はまだない。
きっとここにいては気付かれてしまう。
「…秋本くんにせっかくいい女だと思ってもらえたのに。…そんなはずないでしょ」
神様。
もう少しだけ、私に見栄を張る力をこのまま残しておいて。
家に帰ったならきっと泣き崩れてしまうだろうけど、どうか最後まで、いい女でいたいの。
私は震える指先にグッと力を入れて鞄の肩紐を掴むと勢いよくタクシーを降りた。
「浅尾さん」
車から秋本くんが不安げに私を見上げる。
「大丈夫。最後のプライドくらいは持ってるの」
私は彼に軽く微笑むと克哉のいる方へと向かって歩いた。