私たち、政略結婚しています。
「仕方がない。…俺がお前をもらってやるとするか。このまま行き遅れたら可哀想だしな」
「…は?」
昨日寝ずに一晩考えた。
武雄さんの代わりに浅尾屋を救えるのは俺だ。
「俺の家は『イトー開明堂』だ。…条件は、悪くないと思うけど?」
俺の話に、浅尾は驚いて目を丸くして絶句した。
「…嘘…」
小さな声で呟いた彼女に、俺はニコリと笑って言った。
「…どうする?…俺なら知らない仲じゃないんだし、武雄さんよりは気楽だと思うけどなぁ」
俺がお前と結婚する。
それを案外あっさりと受け入れている自分に昨夜驚いた。
俺は……浅尾を好きになれる。
いや、もう、考えているうちに気持ちは傾いている。
自分でも気付かないうちに思いがけない方向へと向かう思いというものがあるんだな。初めて知った。
「本気……なの」
「お前が余りにも不憫でさ。…嫌なら口出ししないけど?武雄さんか、俺か。どっちに嫁ぐ?」
俺を見上げて佐奈は表情を固めたまま、しばらく黙っていた。
――「伊藤のところに……行く」
か細い声でそう言うと、佐奈はひきつりながら微かに笑った。
俺もそんな彼女を見つめ返したまま、にこりと笑った。
―――「克哉~、お風呂空いたよ」
佐奈が髪を拭きながら声をかけてくる。
「ああ、今行く。…この企画さー、ここを変えた方がよくねえか?」
俺は彼女が持ち帰ってきたデータを見直しながら言った。
「え?どこ」
佐奈はパソコンを覗き込んできた。
俺の目の前に揺れる彼女の髪から、優しいシャンプーの香りが漂う。
「ああー…、ここね。私もどうしようかなと思っていたのよね」
「…お前。容赦ねえな」
「え?」
彼女が俺の方を振り返る。
チュッ。
キスをした。
「きゃ」
赤くなって驚く彼女に言う。
「旦那を誘惑するとは。小悪魔か。佐奈のくせに」
俺の目の前で無防備にふるまう佐奈ににやけながら言う。彼女の薄いパジャマの胸元がはだけている。
それを横目で見ながら立ち上がった。
「な、な、何言って…!」
「早めに上がってくるから。いい子に待ってろよ」
「ま、待たないわよ!バカ」
俺は笑いながら鼻歌混じりで風呂場へと向かった。
今はまだ、言わない。
お前を大切に思っていることは。
お前の気持ちが確実に俺に向いていないのを分かっているから。
義務や同情で結婚した訳じゃない。俺はそんなにお人好しではない。
お前は気付いてはいないだろうけれど。いつかきっと、この想いを伝えることが出来るのだろうか。
――…好きだと思う気持ちが俺にあることを。