私たち、政略結婚しています。
ピンポン。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「ん?誰だ、こんな時間に」
彼は箸を置いて立ち上がった。
時計はもう九時を指している。
二人揃って仕事をしているので平日はほとんどこの部屋に人が訪れることはない。集金なんかも週末にまとめて来てもらっている。
こんな時間に……誰だろう。
彼の背中を見ながら私も首をかしげていた。
――「ちょ…!佐奈、隠れて」
玄関のドアを開ける前に外の人物をインタホンのカメラ越しに確認した克哉が慌てた様子で言った。
「どうしたの。誰よ」
私は不思議に思いながら食事の手を止めた。
「亜由美が来た」
「亜由美?」
「中沢だよ」
「え?」
…中沢…亜由美?
…中沢さんて…。…受付の?
彼女のことはもちろん知っていた。会社の正面受付にいる我が社の看板美人だからだ。
「なんで中沢さんが家に来るのよ」
「訳は後だ。とにかく隠れろ」
克哉は私の手から茶碗と箸を取り上げると、急いでキッチンへと運んでから、靴でも隠しに行くのか玄関へと駆けていく。私の痕跡を必死で消し始める彼の姿に私の心の奥から徐々に不安が現れ始める。
一体、何なの?