私たち、政略結婚しています。
「ふん。素直になればいいものを。相変わらずお前は…可愛くねぇ」
それだけ言うと伊藤は出口に向かってスタスタと歩いていき、そのまま廊下に出ると何も言わずに会議室のドアを後ろ手にバンッと閉めた。
一人そこに取り残されて私はようやく顔を上げた。
急にあいつは何をキレているのよ。
怒りたいのは私の方だ。
「…何よ。…本当に帰ることないじゃない。……嫌い。あんな奴」
私は呟きながら企画書を眺めてため息を吐いた。
本当は……あいつの言う通り、一人になりたくはなかったのに。
寂しいだなんて……素直に言える訳がないじゃないの。
そんな事を考えながら、私は腹立たしい思いを振り切るように再び仕事に取り掛かった。
***
それから一人で進まない企画書を無理矢理何とか煮詰めて私が会社を出たのは十時を少し過ぎたところだった。
冷たい風が今日の仕事の結果を物語るように私の身体を芯から冷やしていく。
このままじゃ期日までには仕上がらないわ。
悔しいけれど伊藤がいないせいでさっぱり作業は進まなかった。
「…うう…。あいつめ…。明日、絶対謝らせてやる…!絶対に手伝わせないと」
私は伊藤の顔を思い浮かべながら、眉間に皺を寄せる。
―――それに…。もう一つ。
一人になりたくはなかった訳があった。
それが原因で私がこのまま家までたどり着けなかったら、あいつのせいなんだから。そのまま死んだら呪ってやるから。
そう考えて急ぎ足になる。
夜の闇に包まれて、不安を感じながら歩いていると…、ふと、背後に気配を感じた。
………来た。
全身が反応する。
やっぱり今日も…。
私が伊藤にいてほしかった本当の理由はこれだ。