私たち、政略結婚しています。


左斜め後ろ。いつもと同じ位置に気配を感じる。
…間違いない。

私は歩く速度を少しずつ速めた。
早く、早く、…早く。考えながらいつしか駆け足になっている。

「はあ、はあ…っ…」

息が苦しい。でも…止まれない。逃げないと。もっと遠くに。

そんな私をさらに追い詰めるように背後の気配は消えてはくれない。
そのまま、私に張り付くようにその存在を知らしめている。

…そう。私は半月ほど前から…ストーカー被害に遭っている。
毎日のように付きまとう、怪しい影。会社の帰りは特に…最近は毎日のようにその男は現れている。
先日の日曜はマンションのベランダに洗濯を干しに出た私を下の道路から眺めていた。
慌てて部屋に戻り数時間経った頃にカーテンの隙間から再び様子を窺うとその視線はまだこちらに向けられていた――。

――泣きそうになりながら全速力で走っていると伊藤の顔が脳裏に浮かんだ。

あいつ…!どうして先に帰ったりするのよ…!私が今、こんな目に遭っているのに!


―――「佐奈」

え。

前方から声が聞こえて、地面から視線を上げて正面を向く。

「あ…!」

その瞬間、足がもつれてよろけ、そのままザザッと身体が地面に転がり落ちてしまった。
「きゃああ!」
視界が一瞬回り私の身体が動かなくなる。同時に痛みが全身を駆け巡った。

「佐奈!」

声の主が私に駆け寄ってくる。



< 4 / 217 >

この作品をシェア

pagetop