私たち、政略結婚しています。
「ちょ…!何!?克哉?」
佐奈がわたわたと慌てた様子で逃れようとする。
「動くな。…しばらく、このままで」
そんな彼女を抱く腕の力をさらに強めてその肩に顔を乗せた。
「な…何なのよ」
佐奈は訳が分からないとでも言いたげな声でそう言うと、ピタリと動きを止めた。
エレベーターの中で、『帰ってこい』と言ったとき、佐奈は声を上げて泣いた。
きっとどうしたらよいのか分からなくなっていたのだろう。
実家の事情と、愛情のない夫婦生活。
逃げ出したくても逃げられない、彼女には板ばさみの現実。
佐奈にとって、亜由美と俺の仲を誤解したことは案外、現状を変えるチャンスだったのかも知れない。
俺もそんな佐奈を一度は納得して手放したつもりだったが、浅尾屋がイトー開明堂に吸収された現実は思ったよりも深刻だった。
俺たちの婚姻がもたらした親戚関係のお陰で、浅尾屋は業界から変わらぬ扱いを受け事業を続けている。
ここで離婚すれば後ろ盾がなくなり、途端に廃業の危機に陥るだろう。