叶わぬ恋の叶え方
悲しい時も心が落ち着かないけど、幸せな時も心がふわふわしてしまう。

工場のラインに立っている時、咲子は先日坂井先生と交わした会話を思い出していた。彼がしゃべった言葉の一字一句を思い出してしまう。

咲子は叶わぬ想いと思いつつ先生のことが好きだったけど、彼も自分に好感を持っていてくれたなんて思いもしなかった。うれしいことすぎて信じられない。

先生は咲子のことを可愛いと言ってくれた。その時のことを思い出すと、自然に笑みが浮かんでしまう。

傍らで仕事をする同僚の清水さんに「姐さん、どうしたの?」なんて言われてしまった。はたから見ても様子が変なのはまるわかりだ。

いかんいかんと思うけど、やっぱり先生のことを考えてしまう。

あの晩、彼が咲子に言ったのは「咲子が欲しい」ということだ。あんなに草食系の佇まいのある人なのに、彼は思いの外積極的だった。大人の付き合いって普通、こんなものなのだろうか。恋愛経験の乏しい咲子にはわからない。

次に彼に誘われたらどうしようか。彼のことが好きなのに体の関係を受け入れるのは躊躇する。

ここ数年元妻とそういう関係がないことを彼は示唆していた。それが離婚の原因なのだろうか。でも、そもそも彼女は友達なのだから、子供ができるような行為をする方が変なのだ。

男女間の友情を成立させている夫婦だなんてずいぶんと変わった関係だ。

彼と付き合えるようになってうれしかったけど、離れ離れになってしまった彼の一人娘のことを思うと一抹の罪悪感をおぼえる。咲子だって、もし父親が出ていったのが子供の頃のことだったら、きっとすごくショックを受けただろう。彼は別れた後も、定期的に子供に会っているようだけど、それでも子供にとって親と離れて暮らすのは寂しいことだ。

誰かを不幸にしてまで、好きな人と付き合いたかったわけじゃない。もちろん、二人の付き合いは彼の離婚が成立してしばらく経ってから始まったことだから、咲子は何も悪くない。


でも、バツの付く男性と付き合うのって、結構色々なしがらみがついてくるものだ。そういうのを丸ごと含めて彼のことを好きになれるのだろうか。
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