叶わぬ恋の叶え方

「しゃべり出したら長いでしょう、彼? 彼とはどれくらいお話ししていたんですか」

「一時間くらいです」

「そんなに! あなたは本当に優しい人なんですね」

「そんなことないですよ。入院中は何もすることがないから暇ですし。先生こそ、彼の話をいっぱい聞いていらっしゃるって話じゃないですか」

「僕は仕事ですから……」

「でも、病院の人だって先生ほど彼の話を聞かないんじゃないですか」

坂井医師は謙虚にも首を振った。

「高村さんはあなたといっぱいお話ができて喜んでおられました。できることなら自分が丹羽さんを誘えたらいいのにって言ってました」

「そうなんですか。私、もうすぐ退院ですけど、今のところ彼に口説かれてはいませんねぇ」

「そんなこと彼にはできませんよ。彼はね、自分でもよくわかっているんです。自分の身体が健常ではないこととか、女性と付き合って結婚できないこともね」

カルテを胸に抱えたまま、坂井医師は目を伏せた。

「高村さんには身寄りがないって本当ですか」

咲子がたずねる。

「誰からそのことを聞いたのですか」

「同室の江波さんに聞きました」

同室の主婦は結構なスピーカーだ。

「そうでしたか。おっしゃるとおり高村さんとご両親は音信不通です。彼らがこの病院に見舞いにくることはありません。元々裕福なご家庭ではなかったので、ご両親は障害を持つ息子を持て余して彼を捨てたのです。小学校までは普通学級に通っていたから、いじめられたりして大変だったようです。心疾患を患うまでは作業所で働いて生活をしていましたが、発症してからは仕事もできなくなって、行政の保護を受けて暮らされています」

作業所というのは、行政の補助を受けて運営している障害者向けの就業施設である。

「心臓病はそんなに悪いのですか」

咲子の問いに坂井医師は静かにうなずいた。

咲子は何も言葉を継ぐことができない。
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