叶わぬ恋の叶え方
でも、世界は咲子の心を放っておいてはくれなかった。
後日、咲子の電話に留守電メッセージが入っていた。仕事を終えて帰って来た時に気付いた。
電話機の再生ボタンを押すと、つい先日神社で聞いたばかりの低くてソフトな声がするではないか。
「こんにちは、丹羽さん。坂井です。先日はどうも。実はあの後、帰りしなに傘の忘れ物を見つけました。あなたが立っていた大きな木に立てかけられていました。水玉模様の傘です。お心当たりがあるなら、市民病院内科XXXーXXXXまでご連絡ください。今夜は当直ですので、夜遅くても構いません。よろしくお願いします」
機械を通した声ではあったけれど、それはまぎれもなく酒井医師の声だった。
咲子の胸が高鳴る。そういえば、あの時は放心していたので、傘を持って帰るのを忘れてしまったのだ。神社に置いてきたのかバスの中で忘れたのかわからなかったけれど、その内心当たりのある場所に連絡しようと思っていた。500円の安い傘だから、どのみち見つからなくてもいいと思っていたのに、坂井先生が見つけて連絡してくれたとは。
ああ、あんな所に傘なんか忘れるなんて、なんてうっかりしているんだろう。
咲子は化粧も落とさずに電話をかけた。内科のナースステーションが当直室に電話を回してくれる。
すぐに坂井医師が応答した。
「もしもし丹羽ですけど、坂井先生ですか」
「はい、坂井です。丹羽さん? この前はどうも」
「留守電のメッセージを聞いて電話しました。先生、それ、私の傘です。見つけてくださってどうもありがとうございました」
「やっぱりそうでしたか。そう思ったから社務所には届けずに持ち帰ったんです。傘を探してるんじゃないかと思って、ナースステーションであなたの連絡先を聞いて電話をした次第です」
「どうもご面倒をお掛けしてすみません」