叶わぬ恋の叶え方
「あ、すみません」
そう言ってから、こんな時は「すみません」と言うよりも「ありがとう」と言う方がいいことに気づいた。
「いいえ」
咲子は硬貨を受け取り、一礼してその場を去ろうとした。
「第11ラインのグループリーダー、丹羽さんやね」
男性社員がたずねる。
「あ、はい。私のこと、知ってるんですね」
咲子は驚いて彼を見る。
「うん。なんでか知っててん。俺、ドライバーの徳森」
徳森という社員は笑みを浮かべて名前を名乗る。彼のサッパリとした顔が崩れて笑顔になる。
ああ、思い出した。運送部門の徳森ドライバーだ。
そういえば、ラインの女性スタッフが彼のことがいいと言って騒いでいたことがあった。だいぶ前のことだけど、その彼がこの徳森か。あの時、彼は経理スタッフの若い女性社員と噂になっていたから、ラインの誰も彼のことを狙ったりはしなかったけど。
「初めまして、徳森さん」
咲子も笑顔を浮かべてみせる。
目の前の男性職員を見ると、確かに女子うけしそうな甘い風貌をしている。顔だけでいったらあの坂井医師よりもハンサムかもしれない。
何でまた今になって坂井医師のことが出てくるのだろうか。
咲子は自分の心の動きに突っ込みを入れた。
年の頃は咲子よりちょっと下ぐらいだろうか。胸ポケットからタバコの箱が、お尻のポケットから軍手がのぞいている。