負け犬も歩けば愛をつかむ。
悩みは尽きないけれど、恋愛に呆けてばかりもいられない。
何故なら、私達調理員にプレッシャーが重くのし掛かる、年に一度の嫌で仕方ない日がやってくるから。
それが、この間椎名さんからも書類を用意するように言われていた監査。
保健所からやってくる指導員が、書類だけでなく、厨房内の衛生面はしっかり管理出来ているか隅々までチェックしていくのだ。
チーフである私はその指導に付き添わなければならず、前の職場でもチーフの気苦労が絶えない様子は見ていたから、もう前日から気が気ではなかった。
私は初めての経験なんだもの、どうかお手柔らかに……。
指導員によっては色々なことを指摘してくる細かい人もいるから、どうか優しい人に当たりますように……。
そんなことを切に願いながら迎えた当日、やってきたのは。
「あーら、ここホコリが溜まってるわねぇ。見える所だけ綺麗にしても意味ないのよねぇ、うちの嫁みたいに」
冷蔵庫と冷蔵庫の隙間を覗き込みながらねちっこく言う、リアルに姑らしいオバサマだった。見事にハズレね……。
彼女は冷凍庫の扉を開けて中を観察し始める。
「ん? 何かしらこれは……切り干し大根?」
「はっ!」
しまった。あの時の余った煮物を冷凍しておいたまま忘れてた!