負け犬も歩けば愛をつかむ。
そっとビルの陰からエレベーターの方を窺うと、傘を手にした九条さんはくるっと背を向けてエレベーターに乗り込んでいく。

そのままずっと俯いていた彼女は、もしかしたら泣いていたのかもしれない。



「私も早く戻らなきゃ……」



結局このプリン渡せなかったな……なんて、どうでもいいことを考えながらエレベーターの前に移動し、濡れた身体のままボタンを押す。

髪の毛から滴り落ちる雫をぼんやりと見つめていた私は、エレベーターが着き扉が開くとようやく顔を上げた。すると。



「……なんだ、その貧相な格好は」

「ぎゃっ! せ、専務……!」



扉の向こうから現れたのは、汚いものを見るかのように蔑んだ視線を向ける天羽薫。

外出するのだろうか、ビジネスバッグと傘を手にしている。



「人を見て『ぎゃっ!』とは失礼な奴だな、君は」

「……貧相だって言うあなたも十分失礼だと思うんですが」

「そんなびしょ濡れの格好のままこのビルの中に入ろうとする、非常識な人間に言われる筋合いはない」



く、悔しいけどその通り……!

がっくりと肩を落とした私は、バッグの中からハンカチを取り出して、腕や髪をササッと拭った。



「自分の身体を拭くことも忘れてるなんて、よっぽどのバカか、何かあったのか……」



ぴたりと手を動かすのをやめた私の顔を控えめに覗き込んだ専務は、「後者だな。顔が死んでる」と言った。

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