負け犬も歩けば愛をつかむ。
「あら、内線だわ。珍しい」



近くにいた園枝さんが、電話機のオレンジ色に光るランプを見て言う。

ガラガラ声の私に代わって出てくれた彼女は、いつもよりワントーン高い声で話し始めた。

ほんの二十秒足らずで通話を終えると、驚いたように目をまん丸にして私に向き直る。



「千鶴ちゃん、専務からお呼びだし! 今すぐ専務室に来てくれって!」

「えっ、専務が……!?」



彼からの呼び出しなんて初めてだ。いったい何の用?



「明日のことで何か連絡があるんじゃないですか?」

「あーそうかな……」

「ランチの準備はまだ余裕だから行ってきなよ」

「うん、ありがと」



皆のお言葉に甘えて、ひとまず私は専務室に向かうことにした。

いつもは帽子もマスクも外していくけれど、今日はマスクだけした風邪っぴきスタイルで専務室のドアをノックする。



「春井です。失礼します」

「おはよう。……やっぱり風邪をひいたらしいな」



私を見るなりそう言う専務に、「すみません」と何故か謝りながら、彼が座るデスクへそろそろと歩み寄る。

今日も言い合う気力はないし、さっさと用件を済ませてしまいたい。



「えっと、どういったご用件で……」

「もちろん出来ているよね? パーティーの料理の請求書は」



……請求書?

文字通りぽかんとする私を見上げる専務は、ピクッと片眉を上げ、書類に押していた判をコトリと置いた。

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