負け犬も歩けば愛をつかむ。

村田さんに言ったことは本心だ。出来る限り、パートさんの要望も聞いていきたいと思っている。

今まで以上に忙しくなることを覚悟しながら、社食の担当を何カ所か引き継ぎ、まずは挨拶に回ることにした。


調理員が二人しかいない社食もあれば、規模の大きい製作所や銀行なんかもある。

だが、すでにうちの会社が何年も請け負っていて、それほど大きな問題は起こらなさそうな、安定した場所がほとんどだ。

特に目をかけてやるとすれば、チーフが代わって間もないという“ラ・スルス”くらいだろうか。


そしてやってきた、スルスがある雑貨屋の本社ビルは、とても洒落た造りで食堂もレストランのよう。

しかも調理員の四人は、メルベイユから指定されているコックコートを着用している。

そのことにも驚いたが、もう一つびっくりしたことは。



「君、なんとなく見覚えがあると思ったら、昨日コンビニで会ったコだったのか」



新しくチーフになった春井千鶴という女性が、一度顔を合わせていた人だったこと。

あどけなさが残り、けれど儚げな雰囲気も感じる綺麗な顔は、一瞬見ただけなのに俺の中に強く印象付けられていたらしい。


彼女もとても驚いた様子で、目をまん丸にしていた。

この時に感じたものは、何かが始まりそうな予感。

これが運命ってやつなら、神様も捨てたもんじゃないかもしれない。

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