負け犬も歩けば愛をつかむ。
■惚れた病にブレーキなし
Side*椎名 幸斗
翌日はお互い休みではなく、俺は昨夜のことが尾を引いたまま仕事をしていた。
あの子は今どんな気持ちでいるのだろうか……と、少し暇が出来るとすぐに彼女のことを考えてしまう。
「……おい、おい椎名」
「ん?」
「お前、刺身にソース付けて食うの?」
「……あ」
スーツ姿の男達がひしめく真っ昼間の定食屋。
調味料と二人分のお膳を並べれば一杯になってしまう、小さなテーブルの真向かいに座る小野が、俺の手元に注目しながら言った。
よくよく見てみれば、今俺が新鮮な赤い鮪をダイブさせたのは、醤油ではなくソースではないか。
「せ、せっかく限定の刺身定食にありつけたのに……」
醤油とソースを間違えるというケアレスミス。
額に手をあて、がっくりと肩を落とす俺に、小野は大口を開けて爆笑した。
「椎名がちょっとボケてる所があるのは昔から知ってるけど、今日はいつにも増して酷いぜ? 何かあったのかよ」
「ちょっとね……」
ソース味の刺身を微妙な顔で味わい、店員のおばさんにもう一つ小皿をもらう。
そんな俺の様子が朝からおかしいことに、どうやら小野は気付いていたらしい。
「こんなにボケボケなんて、まさか恋の病とか?」
軽い調子で言われたが、思わず箸が止まる。
そのまさかだと言ったら、小野は驚くだろうな。