負け犬も歩けば愛をつかむ。
□かわいさ余って不安が百倍
Side*椎名 幸斗
それから九条さんとは少し世間話をしただけで、まだ仕事があるという彼女を雑貨屋まで送り、そこで別れた。
彼女が俺に好意を抱いてくれているのも、きっと一時的なものだろうと、深く考えないようにして。
それからは、スルスと本社を往復するのが習慣になっている。
皆で相談して決めたメニューのレシピを本社で集めていると、スルスの献立作成を担当している栄養士のおばさまがこんなことを言った。
「パーティーのメニューも、私が考えてあげてもよかったのに。どうせ誰が考えたかなんて、向こうの専務にはわからないでしょう?」
「そうなんですけどね。でもそれじゃ意味ないんですよ」
「……真面目ねぇ、椎名さんは。じゃあ、レシピ集めくらいは私も手伝うわ」
呆れたような笑いを漏らしながらパソコンを開く彼女に、俺はお礼を言うのだった。
そう、自分達でやらなきゃ意味がない。手を抜いたら、きっとそれは専務には見抜かれてしまうだろう。
それこそ負け犬に成り下がってしまう。
後日スルスで、俺が雑貨屋で買ったクッキーをお供に春井さんと残業していた時、その想いを少し吐露してしまった。
『椎名さんがいれば安心です』と言ってくれた彼女。
俺を頼ってくれているのは本当に嬉しいのだが、まったく不安がないわけではない。
ただ、それ以上に負けず嫌いなだけなのだ。