負け犬も歩けば愛をつかむ。
最初のうちはあまり周りが見えず、椎名さんに指示されて動いているだけだった。

大勢の人の中、数十種類もの料理の減り具合をすべてチェックしながら、調理をお願いするタイミングを図るのは難しい。

にも関わらず、それを完璧にこなす椎名さんの視野の広さと落ち着きには本当に尊敬する。しかも。



「あまり油っこくない料理はあるかい?」

「そうですね……こちらのアクアパッツァはいかがでしょうか。白身魚をオリーブオイルで焼いて、魚貝やトマトと一緒に白ワインで煮込んだものです。本日は旬のスズキを使っております」

「ほぉ、これは良さそうだ。もう私くらいの歳になると油っこいものを受け付けなくてねぇ」

「味付けはシンプルですが、その分魚の旨味を存分に引き出した料理ですので、ぜひご賞味ください」



来賓の年配の男性に突然料理のことについて尋ねられた椎名さんは、とても流暢に説明をする。

調理法や食材まですべて把握しているようで、他のお客様に尋ねられても、どの料理も丁寧に説明しているのだ。


料理が出来ないという椎名さんには、うまく説明をするのは容易ではないはず。何を聞かれてもいいように、事前にしっかり調べて、頭に叩き込んでいたということだ。

私はそこまで考えていなかったな……。

自分の至らなさを反省するとともに、彼の陰の努力を単純にすごいと思った。


マネージャーというのは、オールマイティーに物事をこなす順応性が必要な仕事。

決してただの“何でも屋”ではないのだ。

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