負け犬も歩けば愛をつかむ。
「そういえば、ちょっと前に『もう少しお前の料理が上達したら、もっと家でご飯食べるんだけどな』って言われたっけ……」

「それじゃね?」



残り少ないローストビーフを切り分けながら水野くんが言うと、菅原さんは納得いかない様子で眉根を寄せる。



「そんな……料理の出来だけで家に帰ってこないなんてことあるかしら」

「あるよ! 帰っても不味いメシしか出てこなかったら、そりゃ外にいた方がいいだろ」

「なっ、不味いですって!? 失礼ね! ちゃんとレシピの通り忠実に作ってるんだからそんなことはないはずよ! 失敗することも、まぁたまにはあるけど……でも彼も高望みはしてないし。ただ、『もう少し俺好みの味にしてほしい』って言うだけで」

「問題はそこだって」



再び言い合いが始まりそうな雰囲気にハラハラしていると、水野くんは持っていたナイフを置いてまっすぐ菅原さんを見据える。



「いいか? 失敗するのはもう論外だけど、レシピとまったく同じものが出来ても、料理の好みは人それぞれ違うんだよ。甘い味付けが好きな人もいればしょっぱいのが好きな人もいるし、薄味や濃い味の好みもある。全部レシピ通りに作ってるだけじゃ、彼が“美味しい”と満足するものは出来ない」



彼の考えは目から鱗だったんだろう、菅原さんは反論も忘れて聞き入っている。

そんな彼女に、水野くんはニコッと屈託のない笑顔を向けた。



「大事なのはセンスと愛情。食べてもらう人がどんな味にしたら喜ぶだろうって考えて作れば、きっと上達するし、彼氏も帰ってくるよ」

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