負け犬も歩けば愛をつかむ。
椎名さんと一緒に、バゲットの上にトマトやチーズを乗せながら、せっせとクロスティーニを作っていた時。

二人の間で何があったのかを聞くと、専務はワンマンな社長のもとで知られざる苦労をしてきたらしい、ということを教えてくれた。


社長は五十代後半でありながら、体型も顔も若々しい。スルスを利用してくれる時の人当たりは穏やかな印象だし、そんなに厳しい人だったとは意外だ。

そのせいで専務があんな性格になったのだと思うと、たしかにちょっと同情する。……ちょっとだけね。


私達の向かい側の窓際にいる専務に目をやると、いつもと変わらない様子で壇上の社長を見ている。

もう挨拶は終わっているのだし、これから何を話すのだろうか。



「えー皆さん。今日はお集まりいただき、誠にありがとうございました。楽しんでいただけてますかな?」



ほろ酔い状態だろう社長は、あまり堅苦しくない口調で、時折笑いを交えながらとりとめのないことを話し出す。

この会社を立ち上げた時は、雑貨屋と呼べるほどではなく小さな小さなアトリエのような店だったこと、当初はお洒落さよりも実用性重視の雑貨が主だったこと。

徐々に語られるメルベイユの創立秘話は興味深くて、社員共々私もいつの間にか聞き入っていた。

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