負け犬も歩けば愛をつかむ。
「……最初は洒落っ気なんてまったくない、素朴な雑貨屋でした。それが今、若者や女性に人気の雑貨屋として、ネームバリューまで付くようになった。ここまで成長出来たのは、今ここにいる皆さん一人一人の努力の賜物です」



社長の柔らかな笑みはとても自然で、心からの謝辞を述べているのだとわかり、会場全体が温かな雰囲気に包まれた。



「中でも、私が特に感謝しているのは──我が甥である、天羽専務です」



社長がそう言った瞬間、私だけでなく、皆の視線が専務に注がれる。

名前を出されるなんて予想していなかったのだろう、さすがの専務も動揺を隠せないように見える。

けれど、背筋を伸ばし、まっすぐ社長を見つめる姿は変わらない。



「私は元々、素直に感謝の意を表すことが出来ない性格でしてね。これまで彼は泣き言一つ言わず働いてくれて、多くの苦労もさせてきましたが、私は労いの言葉一つ掛けてやることもしませんでした。
なので、今日は誠に勝手ながらこの場をお借りして……ついでに酒の力もお借りして、言わせてください」



照れたように頬を掻きながらそう言った社長は、専務に身体を向け、真摯な眼差しで彼を見据える。



「──薫、お前がいなければ、この会社の現在(いま)はなかったと言っても過言じゃない。
これまでよく俺なんかのもとで頑張ってくれたな。本当にありがとう。もちろん、これからもよろしく」



社長が深く頭を下げた。

その姿を、専務は瞬き一つせずに見つめる。

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