負け犬も歩けば愛をつかむ。
□愛と果報は寝て待て


椎名さんが挨拶をしに来た日から、もう三週間が経とうとしている。

なんだかんだで忙しくお花見も出来ないまま、メルベイユのビルがある通りに立ち並ぶ桜も緑色が多くなっていた。



「結局春を感じたのは、ここでちらし寿司とか桜のゼリーを作って出した時くらいでしたよ」



春も終わりに近付いたある日の午後、休憩室のパソコンデスクに座る私は、五日ぶりにやって来た椎名さんにそんな他愛ない報告をしていた。

バッグの中を漁りながらも、彼はこんな私の雑談にも穏やかに笑って乗ってくれる。



「作るの大変だっただろ、桜のゼリーなんて」

「それほどでもなかったですよ。ゼリー類は園枝さんが得意だから」

「そうか。ここは毎日凝ったもの出してるからな、皆よくやってると思うよ」



感心したように言う椎名さんに、私も笑みを返した。

今では何気ない話も普通に出来るくらい打ち解けている。

だから、水野くんにも『そろそろ歓迎会に誘ってみてよ』と言われてはいるのだけど……。



「椎名さんはお花見しましたか?」



ほら、私の口はどうしてか関係ないことを喋っちゃうのよね。

別に二人で食事しようってわけじゃないんだから、普通に誘えばいいのに。

< 34 / 272 >

この作品をシェア

pagetop