負け犬も歩けば愛をつかむ。
□狼にスーツ
月曜日、出勤した瞬間から皆には「あの後どうなったんだ」と聞かれまくったけれど、どうにもなっていないとしか答えようがなかった。
実際何もなかったんだし……キス未遂くらいしか。
あの時のことを思い出すとやっぱりドキドキしてしまうのだけれど、椎名さんは何とも思っていないかもしれないし、それどころか覚えているかも怪しそう。
むしろ、覚えていない方がいいのか……。
胸の中にモヤモヤとしたものを抱いたまま、世間ではゴールデンウイークに突入。
スルスもメルベイユと同じく五月の祝日は休みだったため、椎名さんがこちらに来るという連絡があったのは歓迎会からニ週間ほど経ってから。
『今度行われる監査で必要な書類を、明日チェックしに行くからまとめておいて』という用件だった。
その伝言を受けた日の午後、昼食が終わってから私だけ休憩室に残り、棚に積まれた帳票を整理した。
調理する時に測る温度や湿度の記録、調理員の健康チェックリスト等々、監査にはたくさんの書類が必要になる。
毎日記録するものだから用紙はあっという間に積み重なってしまい、少し放っておくとまとめるのも一苦労だ。
せっせとパンチで穴を開け、ファイルに綴じる作業を繰り返し、とりあえず三ヶ月分は抜け落ちた箇所がないことも確認した。
前のチーフは几帳面な人だったようで、私が異動してくる前のものもきっちり揃っているからありがたい。