負け犬も歩けば愛をつかむ。
戸惑う私に構わず、彼は私の手首の内側を上に向けると、そこにあのピンク色のボトルを近付けてシュッと吹き掛けた。

たちまち広がるフローラル系の優しい香りに、私は思わずうっとりする。



「わ……いい匂い。私こういうの好きです」

「うん、やっぱり君にぴったりだ」



満足げに微笑んだ専務にトクンと軽く胸が跳ねる。

今の笑顔には嫌味などは感じられず、きっとこれが“本物”の笑顔なんだろうと思えた。


そういえば敬語でもないし、なんだか今はすごく親しみやすくて近い存在に感じられる。

いつも見ていた、紳士的で高嶺の花のような彼は、実は仮面を被った姿で。

腹黒くて、何も気にせず失礼なことも言ってしまう今の姿が、本当の天羽薫なんだろうか……。


手首や首に香りを擦り込ませながらそんなことを考えていると、専務は一度窓の外に向けた目線を私に戻してこう言った。



「君が誘惑したい相手って、もしかして椎名さんかな?」

「えぇっ!?」



声を裏返して過剰反応してしまい、さらには顔が赤くなるのが自分でもわかる。

私、わかりやす過ぎ?

案の定、専務も“やっぱりな”とでも言いたげな不敵な笑みを浮かべた。



「春井さん、何歳だっけ?」

「……三十です」

「そう。三十路で色気のない君があのオトナな彼を落とすのはD判定の大学を受けるようなものだと思うけど、まぁせいぜい頑張って」



くっそー!! キラキラスマイルで毒吐くな、この腹黒男!!

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