負け犬も歩けば愛をつかむ。

オレンジの照明にほんのり照らされた、ほの暗いバーのような雰囲気の店内。

カウンター越しにいるのはバーテン……ではなく、黒子のような格好をしたおじさん店員だ。



「由尾さん、大根と牛すじ頂戴」

「あいよっ」



由尾(ヨシオ)さんというらしい、威勢がいいそのおじさんに椎名さんが頼んでいるのは“おでん”だ。

私は彼の隣でふーふーしながら、よく煮込まれた卵にかじりつく。


椎名さんの愛車である黒のミニバンに乗り込み、やってきたのは“おでんBar”という名の居酒屋。

モダンな雰囲気の店内でおでんを食べるというのが、たしかに面白い。でも味は絶品!



「ん~おいひ~」

「酒が合うだろ?」

「とっても!」



飲めないのが残念だよ……としょんぼりする椎名さんに苦笑し、悪いと思いながらも梅酒を堪能する私。

少しお酒が入ると緊張も解れて、しばらく彼との世間話を楽しんでいた。

それでもやはり頭から離れないのは今日の専務のこと。



「専務があんなこと言う人だなんて思わなかったな……」

「んー、ちょっと意外だったな」

「ですよね?」



あーなんか思い出したらまたムカムカしてきた。



「私だって、水野くんはチャラいしおバカだとは思うけど、愚かだとか低俗だとか、あそこまで嫌味なこと言わなくたっていいじゃない!」



勢い余ってドンッ!とグラスを置いた私を、椎名さんが少し驚いたように横目で見やる。

< 89 / 272 >

この作品をシェア

pagetop