負け犬も歩けば愛をつかむ。
「春井さーん。眠いの?」

「ふぁい……」



あくびをしながら答える私。

そうです、本当に眠いんです。瞼を閉じていると、すぐにでも睡魔が勝ちそうだ。

半分足を踏み入れた夢の世界で、私の名前を呼び続ける椎名さんの声が響く。



「春井さん。おーい、ちづ?」



何でまた水野くんみたいに呼ぶかなー……。

今日は酔ってないのに、面白いなぁ椎名さん。



「ちーづ」



“チーズ”って某有名アニメに出てくる犬の名前みたいだからやめてくださいよ……。



「……千鶴?」



──ドキン。ふわふわした意識の中で、自分の心臓の音が鐘の音のように鳴り響いた。

私はうっすら目を開き、腕の上に乗せていた顔をずらして、ぼんやりとした視界に椎名さんを映す。



「お、起きた」

「……なまえ」

「ん?」

「名前……もっと、呼んでください……」



あぁ私、酔ったはずみで何言ってるんだろう。

だけど、セクシーさを感じる彼の声で名前を呼ばれるのって、とってもドキドキして、それでいて心地良いから。


椎名さんはクスッと笑うと、骨張った大きな手で私の頭を撫でる。

その手つきはやっぱり気持ち良くて、温かくて。安心感に包まれたような気分で、私はそのまま再び瞳を閉じた。



「二人きりの時ならいくらでも呼んであげるよ。……千鶴」



そんな彼の声を夢と現実の狭間で聞きながら、私の意識は深いところへ堕ちていった。


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