バレンティヌスの悪戯
「……委員長、逃げないんだ」



すぐ耳元で、まるでひとりごとのような吐息混じりの彼の声が聞こえて、びくりと身体が震えた。

どくん、どくん、って、心臓が、ありえない大きさで鳴ってる。

今にもひざから崩れ落ちてしまいそうなほどの動揺を、悟られないように。私はそっと、息を吐いた。



「あ、の、速見くん……これは、あの、なんで……」

「委員長、どうして、教室に残ってたの?」



私のささやかな問いかけにはまったく触れず、速見くんはまた低く言葉を発した。

彼の腕の中でうろうろと視線をさまよわせながら、私はなんとか、答えをしぼり出す。



「えっと、あの、……なんと、なく」

「なんとなく? あんなものを持って?」

「……ッ、」



まるで尋問するみたいな速見くんの声に、また肩が震えた。

……彼の言う“あんなもの”が、何を示してるのかはわかってる。

さっきまで私がいた、窓際の席の机の上に置いてある──かわいらしいサイズの、そしてこれまたかわいらしいデザインの、赤い紐の持ち手がついた紙袋のことだろう。

こくりと、私は唾を飲み込んだ。
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